滑ってもダメ、グリップし過ぎてもNG……
最新のスポーツバイクのシートには座面に様々な素材が使われている。上の写真にあるように、昔ながらのタックロールの入ったクッション性と滑りにくさを両立していた、座面にお尻が沈み込むような感触はいま減るいっぽうだ。
それはいうまでもなく、シートがスポーツ性の高いマシンほど座る場所というより、体重を預けたり腰をズラして身体の重心をイン側へ移動したりと、アクションするための機能性を重視しているからにほかならない。
しかし、それだけにシート座面には相反するふたつの特性が求められる。
ひとつは座面がスルスルと滑りやすいと、下半身がホールドできずリーンなどマシンの操作に支障が出てしまう。
ところが、この逆の表面が滑りにくくグリップしやすいのも、腰の移動や荷重をあずけた後の僅かな重心位置の微調整など、お尻やアウト側太ももが引っ掛かって意図しない位置で移動が止められてしまう不都合も起きやすい。
SUPER VELOCE Sに奢られたアルカンターラ製高級人工皮革シートは、バックスキンだと見栄えは良いが起毛した表面が綿や皮革のパンツでは、完全に腰を浮かさないと滑ってくれなかったところを、人工皮革で滑りとグリップの折り合いを高度な次元で調整した表面としているのだ。
何でもないようで実は凝った工夫が
ではマシンの座面をライダーが最も忙しく動く最高峰のMotoGPマシンのシートはどうなっているのだろう。
ヤマハのM1は、30mmも厚みのないウレタンシートを6角形に切って貼り付けているだけという素っ気なさ。一番重要なライダーがこだわりそうな部分なのに?と思われがちだが、タイヤがワイドになった’80年代以降のGPマシンのシートはどれも似たようなモノ。ただこのウレタンシートが、面圧をかけるとベターッとグリップして、大袈裟に接触面を持ち上げなくても面圧が減っただけズズツと移動もしやすいという、ちょうど良い按配の特性で、それだけに長い間にわたって重宝されてきたという歴史がある。
しかしこのM1のウレタンシートも、よくみると表面に僅かな格子状の起伏が升目のように巡らされている。さらに微妙な面圧の変化で僅かに滑りやすく、もしくはジワッとグリップ……といった感触に仕上げている。
ハイエンドマシンには相応の凝った素材が用いられている
ご覧のドゥカティ・パニガーレV4Sという頂点マシンには、シート座面後端には細かに刻まれた面圧がかかればグリップするものの、基本はやや滑りやすい表面として、腰が大きく左右へ動くとき移動しやすいほうを優先している。
が、前方はやや起毛した腰を思いきり落としたとき太ももの裏側にシート面も追従して包み込むようにグリップ、荒れた路面などで揺すられても下半身がシートの上で踊ったりしない配慮が大きな仕様だ。
もちろん質感として最高峰のクオリティをアピールする意図も大きい。シート座面を手で撫でると、その差の大きさに驚くに違いない。
対してこちらはBMWの最新ボクサーR1250Rのシート。何ということはないウレタンフォームをどこでも使われるレザー表皮でくるんだタイプ。しかしツーリングで積み重ねてきたメーカーらしく、座り心地の快適さと柔らかさが疲労とならない弾力とのバランスに優れ、さらに内部のウレタンフォームと表皮は浮いた状態にあって、これが体重移動での滑りやすさや、常に着座位置を少しずつ変化させお尻に鬱血しない工夫までされているのだ。
これは日本製ビッグバイクでも研究が重ねられた技術で、素材が凝っていなくてもこの浮いた表皮との関係が、ときには座面としてタップリと広範囲に面圧を分散させながらグリップも高め、腰を浮かさずともチカラの抜き加減で必要な滑りも得られるという高度な機能を内包している。
加えてBMWはタンデムシートを分離する傾向にあり、ピリオンライダーが前後に滑らない配慮がされた仕様だ。
なぜかすぐお尻が痛くなるライダーは少なくない。そんなとき、評判のシートのバイクをよく観察してみよう。エンジンや性能ではなく、シートでバイクを買い替える……それもアリだと思うほど、最新バイクのシートの進化ぶりには凄まじいものがある。