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このバイクに注目
SUZUKI
ACROSS (GSX250F)
1990~1999model

スズキACROSSは燃料タンク部分に25Lの収納スペースで、マイノリティながら世界でファンに支えられた!【このバイクに注目】

Photos:
スズキ

250ccでもレーシーが流行る傾向に対し、スズキはツーリングや日常のライフスタイル側で活用できるスポーツバイク開拓にチャレンジした!

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1989年11月の東京モーターショーに、スズキは開発コードネーム「X913」と銘打ったモデルを参考出品した。
流麗なフルカバードボディに包まれた美しいスポーツバイク最大の特徴は、250ccクラスのモーターサイクルでは初となる、フルフェイスヘルメットが収納できる25リットルの大容量パーソナルスペースを通常の燃料タンク位置に設けたこと。
このため燃料タンクはシート下となり、給油口はリヤのテールカウル内にあり、両方とも電磁ロックで跨がったままスイッチで開閉できた。
そして翌1990年4月、スズキはACROSS(GSX250F)の車名で販売をスタートしたのだ。

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エンジンと車体は基本的にGSX-R250がベース。
レプリカ系のGSX-Rとしての250は、1989年にGSX-R250Rと末尾に「R」がつく進化バージョンとなっていたが、セミダウンドラフトキャブやアルミのALBOXフレームと、燃料タンク部分を大容量トランクとするには妨げになるファクターが多く、水平キャブとスチールフレームの前世代のほうがACROSSに向いていたというわけだ。
水冷DOHC16バルブ4気筒で49×33mmとショート・ストロークの248cc。
キャブレターはGSX-R250の仕様だった吸気2気筒分をワンボディに収めるBSW27の2連装。
45ps/14,500rpmと2.6kgm/10,500rpmのスペックだが、エキゾーストに連結チャンバーを加えるなど中速域でのレスポンスを強めて街中やツーリング対応のチューンが施されていた。

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またフレームはダブルクレードルを踏襲しつつ薄肉高張力鋼管にグレードアップ、ステアリングヘッド後部に補強パイプを加え、積載時の剛性確保に配慮した安定性へ留意した設計となるなど、単なる着せ替えではない凝ったつくり。
ガソリンスタンドでは給油口が電磁スイッチに触れるとテールカウル部分でカパッと開き、スタンドのスタッフを驚かせていたのと、ラゲージスペースも同様に電磁スイッチでロック解除と操作感に配慮、内部は内装が衝撃吸収や断熱も施され、何でも放り込める完全なトランクとなっていた。
さらにはこのスペースごど取り去ることで、点火プラグ交換などエンジンへ直接手を入れることも可能になる裏ワザも内包していた。

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そもそもなぜスクーターのようにメットインのカテゴリーを開発したのかといえば、250ccクラスは車検がないなど400ccより広範囲なユーザー層がベースにあるものの、1980年代中盤から250ccでも流行りのレーサーレプリカ一辺倒へ集約される傾向にあり、多くのニーズを許容する本来の姿から離れつつあったことに起因する。
このような状況では、単にツーリング向きに実用性を高めたモデルでは見向きもされない。
もっとインパクトのある新しい感性が必要だ……そこにユーティリティを幅広く高める手段として完成度を高めなければならない、そうした気運となったという。 そこでコンセプトを、日常生活と非日常行為(バイクに乗ることも含め)の間を、自由自在に往き来できる存在(ACROSS)を目指すこととしたのだ。
メットイン機能は、それが目立つ違いにならないよう、スポーツバイク然とした純粋さを失わず、それでいて実用性を誇れるほど便利、この次元の高い目標に向かって改造レベルに終わらないようつくり込まれている。
トランクのモール部分の防水性や、シート下となった燃料タンクと積載量で変わる重量バランスに配慮して、フロントフォークのストロークを120mm→130mmと僅か増やし、リヤサスはR250Rの新型リンクとしてストロークも柔軟性も対応幅を広める気遣いと妥協をしない姿勢に徹していた。

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ところがレプリカ全盛期から需要が減りはじめた頃ではあったものの、原点復帰でネイキッドのブームにも火がつきだしてしまい、フルカバードのメットイン・スポーツバイクには注目が集まりにくいタイミングとなってしまった。
しかし1990年10月からは、日本国内向けだけではなくオーストラリアをはじめ250cc需要のあるエリアへの輸出もスタート。
海外では250ccがスポーツバイクとは認識されにくいが、ACROSSは400~600ccのミドルクラス並みにクオリティが高い評価となり、爆発的な売れ行きまでにはならなかったが、一定数以上の購買層に支えられていた。

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いわゆるスポーツバイクのパフォーマンスイメージを追わないユーザーを前提に、その車体色もレッドをベースにブラックだけではなく、様々な中間トーンのグラデーションまで含めたトライが繰り返されていたのも海外向けならではだろう。

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メットイン仕様は、通勤や通学、さらには買い物やツーリングまで、煩わしいゴム紐やネットで荷物を縛る必要がなくなり、もっと自由度のある使い方でライフスタイルまで考え方を変えてしまえる……そんな新しい提案をニースが広範囲で最も多い250ccクラスで展開しようとしたスズキの狙いは、国内マーケットでも数は少ないものの支持するファンを生んでいたのは間違いない。
このようにニーズを掘り起こすコンセプトでスタートしたプロジェクトだったことから、大きな成功を収めた販売台数には達していなかったが、何と生産は1999年まで続き、2000年までカタログモデルとして存在する隠れたロングセラーだったのだ。

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