雨でもリスクの低いツーリングスポーツタイヤを愛用してきました。ところがツーリングを前提にした最新スポーツタイヤは溝が細くて浅いデザイン……これでウエット性能は安心できますか?
A.確かに最新のツーリングを意識したスポーツタイヤは、少し前のサーキット専用のハイグリップタイヤのように、トレッドに刻まれた溝が少なく、しかも細くて浅い、いわゆる排水性にを良くしているイメージがありません。でも最新タイヤはグリップさせる要素が変わってきていて、溝の大きさや深さに依存しないつくり方なのです。
ハイグリップ仕様でなくても溝が少なく浅い最新スポーツタイヤ!
左の画像はピレリのツーリングスポーツタイヤとして定番のエンジェル。この後にエンジェルGT、エンジェルGTIIと続き、現在もツーリングスポーツとして絶大な信頼を得ています。
そして右が最新のディアブロ・ロッソⅣ。ハイグリップ系のデザインを継承しつつ、ツーリング性能を前提にしたスポーツ・ツーリングタイヤです。
ご質問なさった方のように、ツーリングで雨にも遭遇するし冬場のグリップしにくい路面に対し、リスクの少ないツーリング仕様を選んできた感覚からすれば、バイクの高性能化で雨や冬場にツーリングは諦めましょうと言われているかのようなトレッド・デザインに見えるかも知れません。
しかし、これが近年のテクノロジーの進化で変わりつつあるタイヤの新しい顔なのです。溝の大きさや深さが、雨や低温での性能を補ってきたイメージを覆すような変化が起きています。
トレッドの溝は排水だけが目的じゃない
この画像は共にレーシングタイヤ。左がレインタイヤで右がドライで履く溝のないスリックタイヤです。
これを見ても、雨が降って路面に水膜ができているような状況には、排水性が良さそうな深い溝が有効に思えます。
しかしレインタイヤのこの溝は、もちろん排水性もありますが、もっと重要なのは路面に接するトレッドのゴム質、いわゆるコンパウンドが柔らかいことでグリップさせるためのカタチなのです。
路面に接するトレッドのコンパウンドは、柔らかいほど路面の凹凸に柔軟に粘着します。
同時にゴムは温めると柔らかくなるのですが、雨のように低温が前提となると溝を幅があって深いモノにすることで、路面に接する部分を撓み(たわみ)やすくできます。
しかし低温でも潰れやすい柔らかさは、ゴム質としては脆く(もろく)路面を掻くとすぐ減ります。レースだと雨が止んで少しでも路面が乾きだすと、慌ててピットへ戻りスリックタイヤへ交換するのは、乾いた路面を走ったら瞬く間にトレッドのゴムがなくなり、呆気なく転倒するリスクがあるからです。
対して溝のないスリックタイヤは、暖まると路面の凹凸を包み込むようにグリップするほど柔らかくなります。しかし同じスリックでも、ソフトやハードにミディアムのように、そのときの路面温度に合った柔らかさでないと、レースが終わるまでに摩耗してしまったり、予想より暖まらずスリップしやすいまま走らなければならないなど、実にデリケートです。
路面追従性が向上すれば温度の依存度合いが下がる
では一般公道を走るタイヤには、どのような手法で路面を追従できる柔軟性を与えているのでしょうか。
ひとつはタイヤのトレッドに刻んだ溝(グルーブ)です。
この溝は刻まれた縁の部分、つまり角のエッジが柔らかく、細かな凹凸に追従しやすくなります。
また溝を幅のある深いモノにすると、タイヤのトレッド部分が折れ込むように撓み、トレッド全体が路面の大きなうねりや凸凹に追従しやすくなります。
だからタイヤが減って溝が浅くなると、路面追従性が悪くなり滑りやすくなるのです。
排水性にも関係するので、デザインを水膜を押して溝へ導入しやすいカタチにしますが、実はよほど深い水たまりでないかぎり、排水性よりトレッドのコンパウンドが柔軟か否かのほうが重要なのは、長年の実績でタイヤのエンジニアは重々理解しています。
また溝はエッジが柔らかいだけその部分が先に摩耗して、暫くすると路面に対し均一に接しない変形をはじめてしまいます。 そうなると減るほどにグリップしない、とくに水膜に滑りやすい面圧が変化しやすいネガティブが増えるので、溝を細く浅くするようになってきました。
ということで、暖まらないとグリップが良くならないコンパウンドのデリケートで難しい面を、トレッドのデザインが変えはじめたのです。
さらに内部構造の繊維で構成されるカーカスも、ピレリはディアブロ・ロッソⅣで繊維を太く減衰力のある束ね方に変え、お互いの間隔を拡げることで、路面に接した際に潰れて平面になる部分で中央部分が逆反りしない、よりフラットで追従性の高い特性を与えたのです。
こうなればなるほど、コンパウンドの温度依存は減り、性能が安定するというわけです。
カーカスやコンパウンドが劇的に進化
さらに最新ディアブロ・ロッソⅣでは、新テクノロジーとしてAdaptive Base Compound と呼ばれるフルカーボンブラックの層を、タイヤ内部のインナーライナー部分に配する新テクノロジーを投入しています。
このフルカーボンブラックは、内部で温度を調整する役割を担うもので、たとえば左へバンクして左側のショルダーが急激に温度上昇したとき、フルカーボンブラックの層が温度を素早く伝搬、次に右へ切り替えしてバンクしたときに右側のショルダーが既に暖まっているという効果をもたらします。
同時にグリップしているトレッド面が、急激に温度上昇しやすい特性を温度伝搬によって冷却する効果もあるという超スーパーな技術なのです。
またこうした路面追従性と剛性のバランスを飛躍的に高めた画期的な内部構造の進化に、センター部分のコンパウンドを高融点樹脂のフルシリカとすることで、暖まりを素早く低温でもグリップできるウエット特性をアップ、深いバンク角のショルダー部分をレーシングタイヤ系のコンパウンドとするなど、積み上げてきた新テクノロジーの相乗効果として、以前は考えられなかった性能のバランスを得ているのです。
この著しい進化で、最新世代のツーリングスポーツタイヤは、いわゆる溝が細い、もしくは連続性の途絶えた線が切れたようなデザインとなってきたというわけです。
しかし、もちろんバイクの技術に万能はありません。あくまでもライダーの自覚でコントロールされて安全性が保たれるのはいうまでもないことでしょう。