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Q.前輪のグリップ感はどうやって感じますか?【教えてネモケン148】

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キャリアのあるライダーの会話を聞いていると「前輪のグリップ感」という言葉を耳にします。フロントから滑ったらひとたまりもないので、グリップ感がある状態で走らないと……言われているニュアンスはわかるのですが、そのグリップ感とやらがどんな感じでハンドルに伝わるのか、皆目わかりません。

A.両肩から心臓あたりまでの位置が、両腕からチカラが抜けた状態で僅かにしか動かず安心できる……そんな感じですが、明確な感触はプロでも個人差があるのでどんな状況を意味するのかを説明しておきましょう。

まずグリップしている状態とはどのような状況をいうのか、ご一緒に考えてみましょう。

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MotoGPをライブ観戦していると、トップライダーたちがコーナーでフロントからスリップダウンして、派手に二転三転しながらグラベルまで吹っ飛ばされているのを見ます。
まさにお聞きになった「前輪から滑ったらひとたまりもない」そのままが起きているワケです。

世界トップクラスのプロならば、グリップ感がなくなる滑り出す兆候を掴んで、転ばずに限界コントロールができそう……なのですが、あそこまで深くバンクした前輪は、路面追従能力に対して、エア内圧やトレッドのコンパウンドの柔らかさやダンピング特性など、一定の状態を保てる物理的な限界を超えていて、スリップダウンが急激に訪れるため、僅かにやってくる変化に気づいたときは直後に転んでいる、といったレベルなので、フツーにバイクを走らせるには関係ないハナシと思っておきましょう。

ではグリップしている状態とはどのような状況をいうのか、そこから紐解いていきましょう。
これはライドナレッジ171でもお伝えしているので、説明がカブることをご承知おきください。

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たとえば凍った路面に立つと、いうまでもなく不安な状態に陥ります。

靴底をちょっとでも横方向へ動かそうとすると、いきなりツルッと滑って転びそうになるからです。
そうはいっても歩かなければならないときは、歩幅を小さく真上から踏むように歩くしかありません。
しかしこのくらいは大丈夫と歩幅を拡げた途端、スッテンと転んでしまった経験とかあるのではないでしょうか。

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もちろん舗装した路面で、凍ってもいない濡れてもいない状態なら、滑るリスクはないので安心して歩いたり走ったりできます。
では舗装していない土が露出した地面ではどうでしょう。

勢い良く蹴ると、表面の柔らかさで少し滑る、つまりズレるときもあるはず。
そしてその路面に慣れてくると、どの程度までのズレならいきなり滑ったりせず、いわゆるグリップした状態が得られるかを身体が学習します。

実は我々はこのちょっとしたズレを生じた状態から、グリップしている安心感を得ているのです。
これはタイヤのグリップだけでなく、たとえばハンドルを持つ手にしても、強く握って掴まるのではなく、皮膚の表面が少し撓んだ(スレた)握力で触れているほうが、軽い握力でもグリップしている信頼感があり、そのほうが繊細な操作ができます。
これはバイクの車体を下半身などで身体をホールドするときも同じで、力んでチカラを入れると筋肉が緊張して、車体の面でピタッと接触できず浮いている箇所ができてグリップできなくなるため、皮膚がズレる程度に方向性を与えた状態をキープするのが最も効果的になるのを、あららめて反芻しておきましょう。

足元をすくわれそうな前輪に不安な動きの兆候がない、一定のズレが変化しない状態なら安心!

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さて本題である前輪のグリップ感について説明を進めましょう。
まずそもそもを引っ繰り返すようですが、実は走行中に前輪から滑って転んでるケースは稀といえる少なさなのです。

前輪からコケたというのは、停車寸前に砂や濡れた路面に足をとられたりと、ほとんどがとても低い速度でバランスを失っている状況です。
30km/hもでていれば、オイルに乗ったとか特別なことがないかぎり、前輪から滑ることは滅多にありません。

ご存じのように、オートバイはクルマのようにハンドルを切って曲がる構造になっていません。
フロントフォークが斜めに設定されているのは、この傾きで前輪が直進時は常に前を向く復元力(真っ直ぐ前を向く位置が一番遠い)と、ちょっとでも車体が傾くと促されて舵角がつくのもこの斜めになった設定からきています。
そして後輪が傾いて旋回する軌跡に沿って、前輪が同心円の外をトレースするセルフステアと呼ばれる仕組みで、前輪は車体が曲がりやすいようサポートする、いわば支え棒の役割をしています。

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このように前輪にはブレーキをかけているとき以外、フロントタイヤにはガッチリ路面を掴んでグリップするような大きな負荷がかかることはありません。
前輪には車体の進行方向を曲げていくようなグリップ力は働いていないのです。

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車体がスムーズに曲がるために機能しているセルフステアは、グリップしているというよりバランスをとる支え棒の応力が低い機能なので、そこにハンドルへ力を入れるなどして妨げると、思うように曲がらない、もしくはMotoGPのように超のつく深いバンク角だと、それをきっかけにフロントタイヤからスリップダウンする可能性があります。

旋回中に前輪がおかれている状況の基本はこのようなものなので、何となく前から滑りそう……という感触や気持ちに陥りがちなのはとてもわかるのですが、滅多に起きないことへ不安を募らせないための手立てに触れておきます。

セルフステアの原理で、ハンドルを引っ張ったり押したりのチカラが加わると、前輪の素直な追従が妨げられ、思ったより曲がらない状態に陥るのは説明しました。
これを未然に防ぐには、ハンドルを押さないように、ハンドルを持つ左手の親指のつけ根がグリップに触れないようにして、外側2本で包み込むようにホールドします。

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そして左手首の角度を、手の甲から真っ直ぐになる姿勢でハンドルをホールドします。

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これで左手がセルフステアを妨げることがなくなります。たったこれだけで? そうなんです、驚くことにこの状態だとライダーはハンドルを押えられません。
右手はそもそもスロットルを捻る操作があるため、滅多なことでハンドルを押える入力はしていないので、気にしないで構いません。
そしてこの状態で左手に伝わる僅かな動き、荷重が逃げるような……表現が難しく感じさせてしまうかもですが、足元をすくう方向へ変化する兆候を感じとることができます。 さすがに相当なキャリアがないと難しいと思うので、もうちょっと範囲を拡げて上半身で感じる術を説明しましょう。

両肩から心臓あたりまでの位置がほぼ動かず、ハンドルが左右へ振れるような反応がない状態……

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まず上半身を脊椎を軸に背筋が覆う背中全面に対し、軽く猫背になって脊椎パッドやウエアに寄りかかります。
そして車体が上下に動いたとき、骨盤との継ぎ目を支点(折れ曲がるポイント)にクッションできるくらい、上半身を吊ったように支えます。
これで両方の腕から力が抜けていれば、カーブで傾いたとき、前輪がグリップしている一定のズレとなる範疇にあれば、両肩から心臓あたりまでの位置がほぼ動きません。

これに前輪が路面状況で一定のズレではなく、外側へ移動のペースが変化する、ススッと違和感ある動きになると、主に左腕から舵角方向の微妙な動きが伝わります。
スリップまでいかなくても、支え棒のグリップに変化が生じた警告めいたアラートが伝わります。
これを感じる訓練を、ハンドルのホールドを左手首の角度や親指のつけ根を接しない掴み方など、どんな影響があってどんな風に感じるかを検証することができます。

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この何度もお見せしている、セルフステアを妨げないハンドルの持ち方とその違いを実感するためのメソッド。
サイドスタンドを出したまま、両足をステップに載せ、前輪をペアを組んでくださる方に左右へ舵を切るように小さく小刻みに動かしてもらいます。
左手首がやりがちな角度がついた体重が載ってしまう状態だと、ペアにとって前輪が動きにくい重さを感じます。
これを手首の角度を真っ直ぐにするだけで、舵角は軽くつきやすくライダー側も意図して押えようと思っても押さえることができにくい状態なのがわかります。

さらに小さな振動のような動きを前輪に与えると、手首に角度がついた状態だとこの振動が曖昧で伝わらず、手首がまっすぐだと細かなニュアンスまで伝わる違いがわかります。
これが前輪のグリップ感に直結する感覚なのでとても重要です。
ひとりではできないので、なかなか試すチェンスをみつけにくいとは思いますが、慣れるほどに「グリップ感」がわかるようになるので、必ず体験されておくことを強くお奨めしておきます!

Photos:
Shutterstock,藤原 らんか