Z1復活の企画が消滅後に復刻イメージではない新たなスタンダードバイクの開発がスタート!
1989年、カワサキがリリースしたZEPHYR(ゼファー)は、過熱したレプリカブームに辟易としたタイミングにリリースされた。
カウルを装着しない極くフツーのスポーツバイクを狙ったコンセプトは、瞬く間に400ccクラスの販売トップを奪う大当たり。
そもそも1970年代までは、スーパースポーツといってもカウルを装着するのは極く一部の限定車かカスタム仕様。ネイキッドなどと区別して呼ぶ必要もなかった。
それがZEPHYRの大成功で、各社が後を追うカタチでアップライトなカウルのないバイクを投入、目立った存在となったことでひとつのカテゴリーを総称して「ネイキッド」と呼ぶようになった。
まさにZEPHYR(ゼファー)がネイキッドブームの火付け役というわけだ。
1984年ごろ、カワサキ社内では海外からの要望でZ1の復刻版をつくる構想があった。
その構想は消滅したが、そうした要望の根っこにあったオートバイらしさの再認識という風潮に向け、旧いバイクを目指すのではなく新しい規準でスタンダードなバイクを考えようというコンセプトへ繋がりZEPHYR(ゼファー)が誕生したのだ。
エンジンは当時まだ空冷で存在していたGPz400Fの2バルブを流用、出力も46ps/11,000rpmといかにも肩ひじ張らないスペックで誕生した。
ギリシャ神話のZephyros(ゼフィロス)西風の神に由来したZEPHYRと、400ccの排気量を記さない車名とした。
ご覧の発売時の雑誌広告は、港で別れて暮らすガールフレンドへの思いを語るコピーのみ。バイクについてはひと言も触れていない。
敢えて性能を謳わないコンセプトは、却って個性として人気に拍車をかけていた。
僅かなリアインのみでカタチを変えずイヤーモデルを重ねる
ZEPHYRは、たとえば高張力鋼管を使ったパイプフレームもZ1時代から連綿と続くダブルクレードルの、エンジンを取り囲むメインループの取り回しを、レプリカのようにスイングアームピボットへ真っ直ぐ伸びたレイアウトとしたり、スイングアームも75mm×30mmのアルミ押し出し材でリヤアクスルをカワサキでは常套手段だったエキセントリック構造で締め上げる高剛性構成と、各部に新しさを採り入れていた。
しかしメーターを回転計が小径のカバーもない素っ気なさが、さすがに1991年のC3形では表面をメッキ処理した砲弾型として、速度計と回転計は同径となり燃料計も装備された。
1992年のC4ではサイドカバーのエンブレムがステッカーから立体ロゴに。翌1993年のC5はハンドルまわりのスイッチ類を刷新、リヤブレーキのキャリパーが2ポッドだったのを1ポッドへ変更している。
1994年のC6ではほぼ変更なく、1995年のC7で黒(濃紺)と赤系だけだった車体色に初めてブルー系を加えた。
因みに4本マフラーへの要望もあったようだが、当初のZ1復刻とは一線を画したコンセプトから採用にはなっていない。
そして1996年、ZEPHYRはエンジンを4バルブ化、パフォーマンスを向上させ「χ」とサブネームも加えモデルチェンジ。
このχでは要望の多かったZ1やZ2のイエローボールなど、カラーリングについては復刻イメージを採り入れていた。
何れにしても、ZEPHYRのパワーは二の次というフィロソフィがユーザーに受け容れられたのは、バイク史を語る上で大きなエポックとなったのは間違いない。