タイヤのトレッドにあるグルーブと呼ばれる溝は、雨が降ったウエット路面で水はけを良くして、水幕によるスリップを抑える役割があるのはご存じのとおり。
車重によるトレッドへの面圧で、路面の水幕がうまく溝へ誘導されるよう、溝の深さや形状が設計されている。
その溝がタイヤの摩耗で浅くなったり溝がなくなってしまうまで減ると、ウエット路面では危険きわまりないのはもちろん、ドライ路面でもスリップしやすくなるのはナゼかご存じだろうか?
まさか溝がなくなるまで減ると、ドライ路面なら接地面積が増えてグリップが良くなる……などとは思っていないはず。
このタイヤの摩耗度合いをはかる溝には、ウエット路面での水はけ以上にタイヤのグリップ性能を大きく左右する機能が込められているのだ。
その大きな理由のひとつが、トレッドの柔軟性にある。
そもそもタイヤには空気が充塡されていて、これがバネとなって走行する路面の凸凹へ追従する。
しかしこれは大きな衝撃などが吸収できても、路面の小さな変化には追従しきれない。
重量もさほど重くなく、さらに加減速でタイヤへの荷重がしょっちゅう変わるオートバイでは、タイヤが路面に接地するトレッドの柔軟性がグリップ性能を左右する。
このトレッドの柔らかさは、よくいわれるコンパウンドと呼ばれるゴム質で決まると思われがち。
ところがこのゴム質、温度などの条件次第で柔らかさも変わるため、対応できる条件に幅がないとグリップできるときとそうでないときの違いを生じてしまう。
これを大きく助けるのが、実はトレッドの溝、グルーブということになる。
グルーブはまずトレッドの厚みに変化をもたらす。溝が刻まれている部分は変形しやすい。ただ柔か過ぎると腰砕けのような状態に陥り踏ん張るグリップ性能を得られない。
この柔軟性と踏ん張れる強さとを調整しているのが、グルーブの幅などの形状や溝の深さなのだ。
実はさらにグルーブの縁の部分も、グリップ性能を支える柔軟な路面追従性をかなり左右している。
この縁の部分は荷重で折れ込むため、微小な凹凸への追従にかなりの効力があるからだ。
ということで、タイヤのトレッドに刻まれているグルーブには、トレッドに様々な異なるコンパウンドを散りばめているのと同じ、重要な意味合いが込められているというのがおわかりになると思う。
トレッドが薄くなると、硬くなる原理で振動吸収できず、結果としてスリップを誘発、減衰特性が鍵を握る最新のタイヤテクノロジー!
このトレッドのグルーブに込められた性能がわかってくると、なぜタイヤが減って溝が浅くなるとグリップ性能が落ちてくるのかが想像できるはず。
つまり柔軟性に幅がなくなり、様々に変化する路面への追従性能が劣化して、減れば減るほどグリップ性能を維持できなくなるというわけだ。
タイヤの溝にはTWI(トレッド・ウエア・インジケーター)やスリップサインと呼ばれる、一部だけ浅くした箇所があって、この部分が接地するまで減ると溝が途切れたように見えることで、交換時期にあることを知らせる機能となっている。
とはいえ、このスリップサインが繋がった状態は、グリップ性能が半分もない、実は危険一歩手前にある警告だということをお忘れなく。
まだ溝も残っているし……と交換を先延ばしする気持ちもわからないではないが、徐々に下降していくのではなく一気に危険性が高まる限界点なので、躊躇している場合ではないからだ。
さらに理解しておきたいのが、追従性能とスリップする現象との境界にある特性というか、そのメカニズム。
タイヤはグリップしているとはいえ、コーナリング・フォースなどでジワジワといわばスレを常に生じている。
このズレる動きが一気に変わったとき、それをスリップ、滑ったと感じることになる。
この一気にズレるスピードが変わる理由が、振動に追従できなくなったとき。
路面の凸凹に対する追従する動きが、変化のピッチのほうが速くなったとき、いきなり跳ねたような状態に陥り、持ちこたえられなくなるというわけだ。
この振動は接地面の狭い部分に収まらず、より広い部分へ伝搬するのがタイヤの構造では知られていて、コンパウンドの柔軟性より重要になってくるのが、荷重を支えている内部構造のカーカスの繊維材質。
これが高度なタイヤほど、たとえばサイドウォールからドレッドまで全体を覆っているラジアル方向のカーカスで、高周波を伝えやすいナイロンではなく、繊維そのものが振動を吸収して伝えにくいレーヨンなど、コストが数倍もする高価な繊維が奢られている。
こうした吸収や減衰特性だけでなく、荷重に耐えて踏ん張る強靭さを併せ持つことがタイヤの性能を大きく左右しているのだ。
大人の価値観で充分な安全マージンをはかると、タイヤの溝はスリップサインが見える遥か手前、新品時の深さから半分も減ったら次のタイヤ交換の検討をはじめるタイミングといえる。
さらに材質上、オゾンで内部まで破壊される率が高いのもタイヤの宿命。
走行距離や残っている溝の深さに関わらず、無条件に安心できるのは1年、安全性で許容できるのが2年、これを超えたらスリップサインが出ているのと変わらないと思って間違いない。