2020年シーズンのMotoGPチャンピオン、ジョアン・ミル。23歳の若者が持つ強靭な精神力は、彼が歩んできたレース人生で築かれた。オフシーズン中に行った独占インタビューをお届けする。
2月某日、日本時間17時、パソコンの中に顔をのぞかせたジョアン・ミル(チーム・スズキ・エクスター)は、シーズン中とは打って変わって、少し眠たげな表情をしていた。
「これから朝ごはん。それからトレーニングだよ」
と笑う。
オンライン取材だからだろうか、それとも朝9時という時間のためだろうか。2020年MotoGPチャンピオン、ジョアン・ミルの素顔がそこにあった。
少し時間を巻き戻すことにしよう。2020年シーズン、ミルはMotoGPクラス参戦2年目でチャンピオンに輝き、スズキに20年ぶりのライダータイトルをもたらした。
混戦模様にあった2020年シーズン、ミルは中盤以降、タイトル候補の1人として、幾度となく「チャンピオンシップを意識するか」という質問を投げかけられていた。第9戦カタルニアGPでランキング2番手に浮上し、第11戦アラゴンGPではついにランキングトップに躍り出る。それでもミルは、柔和な笑顔のまま、自分のペースを崩さずに淡々としているように見えた。
プレッシャーに負けない精神力
「そりゃ、プレッシャーを感じていたよ」
2020年シーズンのチャンピオンを決めたバレンシアGPでの精神状態について聞くと、ミルはそう振り返った。
チャンピオンを決めた第14戦バレンシアGPのグリッド
12番手からスタートして7位でフィニッシュした
「けれど、プレッシャーをマネジメントすることが大事なんだ。僕にとっては、プレッシャーをうまくコントロールして落ち着く、というのはいつものこと。レースに勝つためにそこにいる、というプレッシャーが好きなんだ。それによってかき乱されることはないよ」
ミルの話を聞いているうちにふと、2017年の日本GPを思い出した。木曜日の会見に、ミルはMoto3クラスのチャンピオン候補として出席していたのである。MotoGPで戦うライダーは、誰もが強靭な精神力を備えているだろう。けれど、落ち着き払った、当時20歳にして精神的に成熟したようなミルの様子が、とても印象に残っていた。
2017年日本GPの木曜会見。20歳のミル(左端)はこの年Moto3チャンピオンを獲得した
「僕の精神的な強さは、キャリアを通じて形成されたものなんだよ」
「若いころに参戦していた様々なレース、CEVなどを通して学んできたんだ。今、その経験が僕を助けていると思う」
スペイン・マヨルカ島出身のミルは、現在MotoGPを走る多くのライダーがそうであるように、レッドブル・ルーキーズ・カップやFIM CEVレプソルMoto3ジュニア世界選手権などへの参戦を経て、キャリアを積んできた。ただ、ミルの家は一般的な家庭で、レースに潤沢なお金をかけられなかった。強いとは言えないバイクを駆り、それでも勝ち続けなければならなかったのだ。自身が掲げた目標のために。
「いつかプロのレーサーになるんだ、と思っていた。勝てばMoto3クラスにステップアップできるし、その道はMotoGPクラスにつながっている。その時間は僕にとって、すごく、すごくストレスフルだった。とても若かったしね。だから、そういう歳月が、今の僕のプレッシャーマネジメントにすごく役立っているんだ」
「実家に舞い戻って周りの友人たちみたいに勉強する、そんな普通の生活に戻る可能性が、毎年あったよ。それが僕を震え上がらせた。だから、今のMotoGPでのそれは、プレッシャーにはならないんだ」
過去の厳しい環境が、現在のMotoGPチャンピオン、ジョアン・ミルを形作ったのだ。
常にチャレンジャーであり続ける
2019年、MotoGPクラス昇格にあたりスズキを選択した理由も、ミルらしさを表している。Moto3クラスを走っていたころからチーム・スズキ・エクスターの元チームマネージャー、ダビデ・ブリビオ氏に注目されたミルは、Moto2クラスに参戦中の2018年、スズキとの交渉の席に着いた。このときミルにはスズキのほか、ホンダという選択肢があった。そして、ミルはスズキでチャンピオンになることを選んだのだ。
「もしスズキでチャンピオンを獲得できれば、特別な価値があると思ったんだ。それに、スズキのプロジェクト全体が、興味を引かれるものだった。それで難しい道を選んだんだ」
「でも、2年目でチャンピオンを獲得できるなんて、僕たちも期待していなかったよ。もっと長い道のりになると思っていたからね」と言うミルは、スズキに加入したそのときから、チャンピオンを獲得するステップを考えていたのだろう。もっと若いころ、MotoGPライダーになるという目標を一途に追いかけていたように。
Moto3クラスで走っていたミルに注目したブリビオ氏(写真左)。2020年限りでチーム・スズキ・エクスターを離脱した
2021年シーズンは、2019年まで圧倒的な強さを誇っていたマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が復帰するはずだ。
「マルケスに対する戦略は特にないよ。トレーニングをたくさんして、強くあることが大事だ。僕の強みはブレーキングで、マルクもまた、ブレーキングが得意。でも、僕はレース終盤で、タイヤマネジメントをうまくできるかもしれない」
「マルクは経験豊富で完ぺきなライダーだ。けれど、僕は、自分が強くなって挑むことを考えているんだ」
頂きに立つ者というのは、常に挑み続ける者でもあるのかもしれない。2020年MotoGPチャンピオンを獲得したミル。それでも彼はチャレンジャーのように2021年シーズンに挑んでいくのだろう。
若きMotoGPチャンピオン。まずは予選ポジションの改善と、優勝回数を伸ばすことが目標だという