PROSPECを謳い一人称カタログで語る自信のほど!
’80年代の2ストレプリカ時代を知るライダーは、’88のNSR250Rを史上最強のマシンに位置づけるファンが多数を占める。
実はホンダにとって2ストロークは1970年代前半まで未踏の技術。それが盛んになったモトクロスへの対応でレース活動に参入、1973年のエルシノアなどオフ系に限ってプロダクトもスタートさせていた。
それが1978年に世界GP復帰宣言、翌’79年シーズン終盤から走り出した4ストV4のNR500が2スト勢に追いつかず、急遽1982年から2スト3気筒のNS500を投入。
以来世界GPの頂点500ccクラスで2スト4気筒のNSR500が、ライバルたちを蹴散らしたのはご存じの通り。
この勢いに乗じて市販250スーパースポーツでも、NS250R、NSR250Rと瞬く間にライバル2スト勢に対抗、追いつき追い越す急ピッチの開発ぶりをみせていた。
そして1987年11月に発表となった'88モデルのNSR250R(MC18)は、忘れもしない「I am PROSPEC」と題してマシン自らが「私」と一人称で解説するカタログを引っ提げていたのだ。
2スト後発のホンダが追いつき、追い越し、
そして引き離しにかかったオリジナルテクノロジーの数々!
カタログは自信に満ち溢れた口調で、2輪専門誌も顔負けの詳しい技術解説がズラリと並ぶ。
NS250Rからの2スト90°Vツインは、ひとつ前のMC16からそれまでVバンク間に収まっていたキャブレターを、両シリンダーとも後方からクランクケース・リードバルブ吸入と位置関係を大きく変えたベースに、電子制御でPGMキャブレターと称するジェット系からコントロールするシステムや吸気チャンバー、シリンダーの排気ポート高さを変えるRCバルブII、そしてPGM-CDI点火システムなど、積み上げたノウハウの熟成で、パワーバンドやレスポンスを飛躍的に向上させていた。
その解説の行間に込められた、ピストンリードバルブで遅れをとるライバルとの違いをアピール、レースで優位な前傾90°Vツインのスリムで低重心、大口径フラットバルブキャブレターのPGMとの組み合わせが圧倒的な差をつけていることなど、モトクロス技術からNS500世界GPマシンを開発したホンダらしい革新方法がそこら中に滲み出ている。
それは実際に走らせると、コーナー立ち上がり加速で前輪が路面から離れる猛烈なダッシュ力を披露、剛性が充分で且つしなやかさも併せ持つツインチューブ・フレームと、減衰能力が格段に高いカートリッジタイプのフロントフォークなど、充実の足回りや完璧さを思い知らされるアライメント設定……レース経験者を唸らせるポテンシャルの高さは瞬く間に評判となった。
このMC18は、1989年にマイナーチェンジが加えられ各種パーツを専用開発した豪勢なSPバージョンもリリースされた。
以後スイングアームを排気系との干渉を避けたガルアームとしたり、片支持のプロアーム仕様へと進化するなど、益々ライバルを引き離す進化を遂げていった。
2ストロークをスタートしたときには、想像もつかなかったこの他との明確なアドバンテージ。ホンダは2ストロークの常識を、ことごとく覆してみせた。
この短期集中型こそ、ホンダらしさの原点のひとつでもある。