MotoGPには影の功労者が数多く存在する。テストライダーも、チャンピオンシップという舞台の主役であるMotoGPライダーを支える役割の一つだ。そんな彼ら、テストライダーについて触れていきたい。
ひとたびテストライダーに就任すれば、彼らはめったにメディアの前に姿を現さない。
MotoGPにシーズンを通して参戦するレギュラーライダーに比べれば、真正面からスポットライトを浴びることは少なくなる。
もちろん、2020年にヤマハのテストライダーだったホルヘ・ロレンソや、現KTMテストライダーのダニ・ペドロサのようなビッグネームがワイルドカード参戦すれば、注目を集める(集めた)かもしれない。結局のところロレンソはその機会のないままテストライダーの任を降りてしまったし、ペドロサはワイルドカード参戦についての可能性を否定し続けているので、想像の範囲内ではあるが。
さて、今回テストライダーについて触れたいと思ったのは、彼らの担う役割の大きさが、ここ最近のMotoGPにわかりやすく現れているように感じたからだ。
2020年シーズン、KTMが3勝と5度の3位表彰台を獲得した背景には、ペドロサの貢献があったと言われる。今季序盤のKTMは少し苦戦しているが、ポル・エスパルガロは離脱しているし、前年に優勝を飾ったブラッド・ビンダー、ミゲール・オリベイラともに、2020年シーズンにも成績のアップダウンはあった。体勢が変わり、さらにすべてのサーキットで安定した成績を残すことは、そう簡単ではないのだろう。
2019年からKTMのテストライダーを務めるペドロサ
そして、2021年からヤマハのテストライダーに就任した、カル・クラッチロー。彼については、開幕戦カタールGP決勝レース後のプレスカンファレンスで、マーベリック・ビニャーレス(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)がこう言及していた。
「カルはバイクのポテンシャルをよく理解していて、僕たちがどこに向かうべきかよくわかっているんだ。だから、僕はレースに集中できる。カルはすごくいい仕事をしている。僕たちは同じ考えを持っていて、同じフィーリングをバイクに感じている。これは素晴らしいことだ。もちろん、すべてではないけれどね」
「僕たちの乗り方はかなり似ているんだ。これにはとてもびっくりしたよ。カタールテストの最終日、僕はカルのバイクを走らせたんだけど、そのバイクは僕にかなり合っていた。だから、僕はただレースに集中することができたんだ。昨年はときどき、僕たちがたくさんのものをテストしないといけなかった。うまくいくとよかったんだけど、通常、レースウイークにトライするものはうまくいかなかった。だから、この状況は僕にかなり落ち着きをくれるんだ。カルが『これはいいもの』と言うなら、それはいいんだろうと思う。フィーリング、フィードバックがカルと近いのは、とても重要なことなんだ」
レースに集中できる環境。ライダーとしては、大歓迎だろう。このときのビニャーレスの言葉にはクラッチローへの信頼感がうかがえる。そしてまた、そうした状況がビニャーレスにもたらす作用を感じさせるものだった。
ビニャーレスはその後、優勝から遠のいているが、チームメイトのファビオ・クアルタラロ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)が、第2戦、第3戦と2勝を挙げた。もちろん、シーズンはまだ序盤であり、クラッチローがヤマハに何をもたらすのか、さらに状況を見守りたいところではある。
テストライダーとレギュラーライダー、その違い
ご存知のとおり、テストライダーはワイルドカード参戦や、怪我などで参戦できなくなったレギュラーライダーの代役も担う。
そして2020年シーズンのほとんどのレースと、今季の第2戦ドーハGPまでマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)の代役を務め続けたのが、HRCのテストライダーであるステファン・ブラドルだ。2020年シーズンを振り返るホンダの取材会のなかで、ホンダレーシング 取締役レース運営室長の桒田哲宏さんが「2020年、MotoGPライダーの中でも、彼が一番距離を走ってくれているのではないかと思う」とブラドルについて述べていたほど。それほどブラドルの負担は大きかったということだ。
レースに参戦し、テストにも携わり続けた2020年シーズンから2021年シーズン第2戦ドーハGPまでを経て、ブラドルはテストライダーとレギュラーライダーの違い、切り替えの難しさをどう捉えているのだろう。ドーハGPの決勝レース後、ブラドルにそう質問することができた。するとまず「イエス」とかみしめるように返答してから、ブラドルはとても丁寧に説明してくれた。
「テストライダーとレギュラーライダーは違う。レースウイークは、適切なときに適切なタイヤで走らなければならないんだけど、それ自体はあまり難しくはない。でも、レースウイークのアプローチは僕たちが通常行っているテストとはまったく違っている」
「僕たちはパーツ、テスト項目により重点を置いているからだ。もちろん、同様にラップタイムも重要だ。僕たちは2つの物事を同時に行っている。でも、レースウイークでは、ラップタイムに完全に集中することがさらに重要になるんだ。セットアップ、テストアイテム、ハードウエアについては少し調整するだけだ」
「さらに、レースウイークではQ2に進出するために、FP2(フリー走行2回目)、FP3ではプレッシャーがある。レースは、1周目からかなり厳しいものだ。加えて、レースでのメンタリティ、アプローチっていうのは、適切なときに適切なことをするのが本当に重要なんだ。これは通常、テストにはない状況なんだよ。シミュレーションするのはかなり難しい。だから、テストライダーとフルタイムで参戦するレーシングライダーはかなり異なっている」
ブラドルの説明を聞くほど、テストライダーとレギュラーライダーにはレースウイークの中でも大きな違いがあり、両立させることは容易ではないことがうかがえる。ここまでブラドルが果たした役割は大きいはずだ。しかしそうだとしても、大きな注目を浴びることは少なく、チャンピオンのような称号をもらえるわけでもない。テストライダーという言葉の影に隠れてしまう。それでも、彼らはレギュラーライダー、チーム、メーカーのために走り続けている。
ブラドルは2021年第2戦ドーハGPまでマルク・マルケスの代役を務め、第4戦スペインGPではワイルドカード参戦した
低迷が続くホンダだが、マルケスが復帰しブラドルが再びテストライダーに集中する環境となった。これが好転のひとつの要因になるだろうか
MotoGPにはとても多くの人たちの尽力があると思う。その中から、今回はテストライダーにスポットを当てた。
テストライダーといえば、4月中旬、アプリリアがアンドレア・ドヴィツィオーゾを起用してテストを実施し注目を集めた。ドヴィツィオーゾ参加のアプリリアテストは、5月中旬にも予定されている。ドヴィツィオーゾは2022年のMotoGP復帰を目指しており、アプリリアのテストライダーではない。ただ、彼のテスト参加がアプリリアにとって、さらなるマシン進化の鍵となるのか、注目したいところである。
こうした状況を含め、今後もテストライダーの貢献について取材していくつもりだ。興味を持っていただければうれしい。