MotoGP第3戦ポルトガルGPでマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が復帰を果たした。2020年シーズン初戦スペインGPの決勝レースで右上腕骨を骨折。そして2021年3月上旬のカタール公式テストから第2戦ドーハGPまで欠場が続いた。第3戦ポルトガルGPでのマルケスの復活劇を追った
マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)のMotoGPカムバックは人間的だった。マルケスは決勝レースを7位でフィニッシュし、ピットに戻ってきた。多くのチームスタッフ、関係者が彼を拍手で迎える。マルケスはバイクを降りて奥の椅子に向かい座り込むと、ようやくヘルメットを脱いで何かに耐えるようにうつむく様子が放送に映し出された。
木曜日の会見、そして金曜、土曜を終えたあとの取材でも、マルケスの口調や表情は以前とはあまり変わらないように見えた。しかし、MotoGP.comで公開されているスペイン語のインタビュー動画では、声を詰まらせて涙をこらえていた。そして「It was tough.(つらかった)」と一言。この動画を見た人も多いだろう。
決勝レース後のピットで感情をこらえる様子のマルケス
「感情が僕の正しい言葉だ」と、マルケスは決勝レースを終えた後、オンラインで行われた取材会で述べた。
「いつもなら、僕は心の中で感情を留めておきたい。でも(今日は)メカニックがいるピットに戻って、感情が爆発して、コントロールできなかった。本当に長かった」
そして、マルケスはこうも言った。「再びMotoGPで走ることは夢(my dream)だった」と。
少しうがった見方になるのかもしれないし、母語のスペイン語でのコメントであれば、ニュアンスは異なるものだったのかもしれない。ただ、MotoGPライダーのように現実的な、それも毎シーズン頂点に立つという目標のために確かな歩みを進め、MotoGPクラスで6度のチャンピオンを獲得したライダーが使うにはdreamと言う言葉は少し似つかわしくないように思えた。
現実的な目標であれば、target(ターゲット)やgoal(ゴール)といった言葉で表現されることが多い。けれどマルケスはこのとき、dreamという言葉を使った。2020年の初戦スペインGPの転倒で右上腕骨を骨折し、3度の手術を受けて復帰に向けて取り組んできた。けれど一方で、MotoGPへの復帰は、マルケスにとって陽炎のような“夢”にも思えていたのかもしれない。その言葉に、MotoGPを離れて過ごしたマルケスの9カ月間が集約されているようだった。
マルケスのピットボックス前には多くの報道陣が集まった
状態を確かめながら進めたポルトガルGPの週末
マルケスのポルトガルGPは、木曜日のプレスカンファレンスから始まった。まだフィジカルとメンタルのリハビリ中であり、目標は特にないと言ったマルケス。とはいえ初日を総合6番手で終えているのだから、やはり規格外のライダーである。
予選ではQ1から挑み、Q2に進出。2列目6番グリッドを獲得した。しかし9カ月ぶりの走行では、日を追うごとにフィジカルの負担が増していったという。バイクの上でも、これまでと同じような走りというわけにはいかなかった。特に右コーナーでのブレーキング時でフロントタイヤを使うときにはポジションがうまくいかない、と予選後に語っていた。
「ジムでは右腕と左腕で異なるウエイトで取り組んでいる。同じウエイトでトレーニングができないんだ。だから、バイクを走らせるときも同じことが起きる。ここ(ポルティマオ)、そして(第4戦の)へレスでは右コーナーが多いからね」
「この9カ月、とても厳しかった。僕が再び走るかどうかだけではなく、通常の状態の腕になるかどうかも疑わしかったんだ」
ちなみに予選で、最終的なグリッドを決めるQ2でマルケスは1回のアタックのみにとどめていた。15分で行われる予選は、通常であれば前半のアタックを行い、1度ピットイン。状況に応じてタイヤを新しいものに履き替え再びタイムアタックに入る。けれど、マルケスはこのとき、セッション開始10分を過ぎてからコースインし、1回のアタックだけで6番手タイムを記録している。勝負所の集中力は依然として変わりないようだった。
決勝レースでは2列目6番グリッドからスタートして、1コーナーでは4番手で入ったが、やがて多くのライダーに交わされた。マルケスはこのとき「1周目を終える前に、(トップグループについていけるような)ラップタイムではないとわかった」という。
「僕にはペースがなく、バイクをコントロールもできなかった。みんなが僕をオーバーテイクし始めた。でも、僕は落ち着いていたよ。争うのではなく、ただ自分のポジションを見出そうとした。まもなく自分の位置を見極めて、自分のレースを始めたよ」
序盤には少し浮足立っていたようだ。なにしろ9カ月ぶりのレースである。ライバルたちとMotoGPマシンのハイスピードで競うのも久々のことだ。
1周目で自分がとるポジションを見極めたというマルケス
「残り7周ではひじを着くことができず、変なライディングスタイルだった」という
「周回数をチェックしたんだ。きっと残り12周だろうと思ったんだけど、まだ残り18周もあった。それで、『オーケー、深呼吸しよう』と自分に言い聞かせた。もしそうしていなかったら、レースをフィニッシュしていなかっただろう」
「レース後にチェックしたら、(優勝したファビオ・)クアルタラロとの差はたった13秒だった。信じられなかった」
そして冒頭のピットボックスでの姿に戻る。マルケスはポルトガルGPで、一歩ずつMotoGPライダーとしての自分を取り戻した。確かに彼のdreamは達せられたのだ。