はじまりは1956年の125ccGPマシン、
バルブを閉じる側にスプリングを使わない!
ドゥカティといえば「DESMO」、デスモドローミックと呼ばれる強制開閉バルブが、他のメーカーでは使われていないメカニズムとしてファンには知られている。
これは通常のエンジンではバルブを閉じておくのに、コイルスプリングで引き上げているのに対し、デスモはバルブを開けるのと同じようにロッカーアームを介しカム駆動で強制的に閉じるという大きな違いがある。
狙いは超高回転域になると、バルブスプリングが開閉の往復に追従できなくなり、バルブタイミングがズレてピストンと衝突もしくは吸排のバルブ損傷などが起きるリスクがあるのを、この開閉とも強制駆動することで安定した高回転化が可能になる点。
ドゥカティは気鋭のエンジニア、F1まで30年も画期的な設計を続けたタリオーニ技師によって、125ccGPマシンに初めて採用、超高回転化を具現化したのだった。
ドゥカティはこのデスモのメカニズムをいち早く市販車にも投入。1957年の175Tで複雑なメカニズムで耐久性に疑問を呈する世界に対し、5大陸6万キロを走破してみせた。
また125cc単気筒にはじまるベベル駆動(シャフトで90°方向転換してヘッド上のカム駆動するOHC)をそのまま拡大して'70年代の450デスモへと継承していった。。
排気量が大きくなるほどに
ツインでも高回転化が容易い
デスモは高回転域でも正確なバルブ追従が可能なだけではない。コイルスプリングを介さないため、駆動ロスがないことに加え、大きなバルブでも問題なく追従できるというビッグボア化で開発するドゥカティにとって優位に進める鍵でもあった。
それはさらに大きなビッグバイクへ、2気筒化するプロジェクトで功を奏することになるのだ。
当時はホンダがCB750フォアの4気筒をデビューさせ、続く日本メーカーによる4気筒攻勢となり、世界に君臨していた英国勢やドイツBMWを追い詰めていた。
ドゥカティは750ccツインでも10,000rpmが可能で、トップスピードで日本車に負けない唯一の存在だったのだ。
このように20年、40年とデスモを継承し続けてきたドゥカティにとって、その閉じ側もカム駆動でバルブを引き上げるメカニズムが常態化したことで、複雑だからリスクがあることにはならなくなっていた。
いまやデスモは67年もの実績を積むこととなり、最新のパニガーレから伝統の空冷Lツインに水冷Lツインまで、高回転化がプライオリティでないエンジン特性にも、駆動ロスのない効率の良いシステムとして採用され続けている。
ところがムルティストラーダでは、何と通常のコイルスプリングを採用。バルブ調整を60,000kmまで必要としない、メンテナンスフリーへのチャレンジを開始した。
これが他のカテゴリーへ波及するのか、現段階では明らかではないが、デスモがドゥカティのアイデンティティであることに大きな変化はないと思われる。
オリジナリティにこだわり、そのメリットを存分に活かし育んできたデスモドローミック。閉じ側バルブ駆動の小さなメカニカル音に耳をそばだてるファン心理もわかる気がするというものだ。