MVの気品高いホワイトとアルカンターラシートの”S”モデルに、レーシングキットを組み込んだサーキット仕様に試乗
MVアグスタといえば、1960年代に日本メーカーが海外進出の足がかりとして世界GPを席巻中に、唯一最高峰クラスで踏みとどまったイタリア孤高のメーカーとして伝説の存在。
そのMVアグスタが1998年の天才タンブリーニによる至高のマシンF4で復活、完璧なハンドリングを最優先する設計思想から、F3やブルターレなど走りを楽しむファン層には羨望のマシンを輩出してきた。またもういっぽうで、F4が世界でもっとも美しいモーターサイクルの受賞をして以来そのデザインも注目され続け、最近では2020年のスーパーベローチェで時代を超越するモダンクラシックといった新領域をスーパースポーツの世界に創出、それ以降の各メーカーのスポーツバイク造形に少なからず影響を与えてきている。
そのスーパーベローチェに新たに加わったSモデルに試乗した。
“S”はメタリックホワイトのペイントと、ブラウンのアルカンターラ(バックスキン調のイタリア製高級人造皮革素材でスーパーカーの内装やシートに使われる)で覆われたシートに、MVブランドではカテゴリーを確立した斬新的な美しいスポークホイールを組み合わせたゴージャスな仕様。これにベースのスーパーベローチェにはないレーシング仕様のキットが付属してくる。
このレーシング仕様のキット、つまりは一般公道向けではなくサーキット走行での使用を前提にするため、ARROW社製右2本左1本の3本出しマフラーも消音レベルはレース用、ECU(エンジン制御マッピング)も専用仕様となっている。試乗したのは、まさにこのサーキット走行仕様だった。
リッターマシンと思わせるほど中速からピークまでパフォーマンスが違ってくる
レーシングキットを装着すると、スペックでは147hp→153hpと数値的にパワーアップがそれほどでもないように思いがちだが、実際に乗ると排気量が200ccほど大きくなったと感じる強力なパワーフィーリング。3,000rpm以下ではさすがにそこまでの違いはないが、4,000rpmあたりから明確にトルキーなグイグイ感で、リヤタイヤが押しつけられつつジワジワと外へ逃げがちなほど強烈に路面を蹴ってみせる。パワーのほうは回転上昇に伴い8,000rpm以上が真一文字にクーッと心酔させる加速Gで、一瞬だけ試したピーク回転域はハイパービッグマシンの経験が浅いと思わずスロットルを戻すに違いない強烈な勢いに満ちている。しかもこうしたチューンにありがちなワイルドさというか、粗雑な荒々しさが皆無で、スロットルの開け閉めに唐突さのないスムーズな過渡特性を伴っているところがいかにもデリケートなMVらしい。
試乗したのが富士スピードウェイだったので、コーナリング中にシフトアップして繋ぐ大きな中~高速コーナーと、ヒラリヒラリと切り返しの連続のシケインで、MVハンドリングの両面が立証されていた。
まず中~高速コーナーでは、EURO5対応と同時にフレームも剛性バランスの見直しで強度アップされた効果と思われる、高荷重のまま強大なトラクションを与えた状況での曲がり方の安定感が抜群だ。まるで車体ごと路面に埋まってしまうのではないかと思うほど、ベターッと張り付いたフィーリングで旋回する。
また、このシチュエーションへの進入時も、専用のコーナリング機能を備えたABSによる安心感と、刷新されたIMU(慣性計測装置)など電子制御系のアップデートから、常に同じ過渡特性で唐突なフィードバックがない安定感で、いかにも身を委ねた心情のままスロットルを開け続けられる醍醐味がたまらない。
3気筒の逆回転クランクが、テールリフトを抑えてリーンしたままの後輪の接地感を伝えるところも、あらためてメリットとして意識することもできた。
そして、シケインのような荷重が抜けた状態では、いわゆるフロント周りのアライメント変化でタイヤのグリップに神経を遣うシーンでも、エンジン位置とシャシーとの動的バランスが取れる緻密な設計がされたMVハンドリングで、中速域のようなコーナリングフォームで駆け抜けられる。
スロットルのON/OFFでステアリングヘッドが上下動しないため、途中でブレーキングを車体姿勢の調整に使おうが、ここぞというタイミングでスロットルを開けようが、旋回安定性が低速でも変わらないのだ。
3気筒の逆回転クランクによる、加速へ移行するときにフロントがピョコッとリフトする姿勢のタイムラグを介さない乗りやすさも併せて効果を実感できる。
おまけに、F3のようなレーシーな低い伏せ身のコーナリングフォームでないことも、こうした変化で気を遣いがちなシチュエーションでスーパーベローチェのハンドル位置がコーナーを見渡せる余裕というか、落ち着いて制御できる気持ちにさせるところも大きい。スーパースポーツとして、あまり追い詰めない領域でいたほうが楽しめる、そんな新しさを感じさせる。
サーキットは稀にしか走らないとしても、換装する楽しみが圧倒的に大きいキット装着
試乗して知った“S”に付属しているレーシング仕様キットへ換装したときの違いは、予想を遥かに超えるものだった。それにしてもMVのメーカーによる丁寧なチューンは、さすがの扱いやすさに感心させられたが、仮にマフラー騒音が一般公道で許されたとしても、このパフォーマンスを試したり味わえる環境はサーキット以外にない。確実に一般公道では持て余す性能で、オリジナルの右側3本出しマフラーとEURO5対応のECUのほうが、完璧なシャシーの良さを愛でるライディングが楽しめるだろう。
ただ、サーキット走行のチャンスがある環境ならば、3気筒の逆回転効果など日常では差を意識できなかった面を如実に味わえるので、そのオプションとしては意味ある価格差だと断言できる。
シート座面に使われているアルカンターラは、バックスキン調のイタリア製人造皮革材でスーパーカーの内装やシートに使われる、天然皮革より耐久性などで優れた高級素材
レーシング仕様のキットで付属してくるARROW社製の左1本右2本出しマフラー。専用のECUとセットで換装すると、一般公道では試すことのできないレベルのパフォーマンスを発揮する
SPEC
- 総排気量
- 798cc
- ボア×ストローク
- 79×54.3mm
- 圧縮比
- 13.3対1
- 最高出力
- 108kW(147hp)/13,000rpm
レースキット:112.5kW(153hp)/13,250rpm - 最大トルク
- 88Nm(8.98kg・m)/10,100rpm
- 変速機
- 6速
- フレーム
- スチールトレリス
- 車両重量
- 173kg
- サスペンション
- F=テレスコピックφ43mm倒立
R=片持ちスイングアーム+モノショック - ブレーキ
- F=φ320mmダブル R=φ220mm
- タイヤサイズ
- F=120/70ZR17 R=180/55ZR17
- 全長/全幅
- 2,015/760mm
- 軸間距離
- 1,380mm
- シート高
- 830mm
- 燃料タンク容量
- 16.5L
- 価格
- 330万円