流行りのツインチューブをやめてスズキ理想のリーン角度で変化しないハンドリングを最優先したファイナル世代!


1990年からのGSX-R400R(GK76A)で、最大の驚きはそのフレーム。
何と前世代までの、エンジンの両側にメインチューブを配したライバルメーカーがこぞって採用するツインチューブではなく、衝撃のデビューを飾った1984年のGSX-Rと同じアルミのダブルクレードルだったからだ。
アルミのツインチューブフレームは、ステアリングヘッドとスイングアームピボットを直線で結び、その距離が短いことから軽量高剛性が得られる。
このメリットの高さに、最後発で400レプリカへ参入したカワサキもツインチューブ。
なぜスズキは敢えて旧いレイアウトに戻したのか……

1984年にデビューしたGSX-Rは、1986年と1987年、そして1988年にモデルチェンジを重ねてきた。
とくに1988年モデルは2世代目から採用したアルミ・ツインチューブをエンジンの刷新とともに大幅な剛性アップと軽量化を果たし、いかにも最先端なフォルムと鋭い走りで注目度の高い存在だった。
しかしレーサーレプリカブームの渦中にあって、差別化をはかれなくなったスズキはライバルと競うのではなく、自社のオリジナリティをアピールする方向へスイッチするコンセプトを決定。
それは油冷で世界中にファンを獲得したGSX-R750/1100が採用していた、アルミのダブルクレードル・フレームとすることだった。



ツインチューブは並列4気筒の両外側をフレームが覆うため、軽量でもマスが外側へ張り出しリーンなど左右への運動性で軽快性を損なうデメリットがある。
対してダブルクレードルは、シリンダー幅より狭くメインパイプがレイアウトできる。取り回しで長さがあるため剛性を高めると重量的にやや不利だが、ブレーキングなどの減速側ストレスにはツインチューブが開く方向にかかるのに対し圧倒的に強いメリットもある。
そしてこのフレームレイアウトの変更に伴い、水冷4気筒DOHC16バルブエンジン(ボア×ストロークは56×40,4mmと変わらず)も、正確な重心位置設定をはかるためダウンチューブに沿って16°の前傾を24°へと変更、バルブ駆動をロッカーを介するのをやめ、ダイレクトにリフターを直押しするレースエンジン同様の方式としたほか、オイルフォルターを水冷化したり、シリンダーに敢えて冷却フィンを刻むなど、ルックスを含めGSX-Rシリーズのアイデンティティを踏襲したのだ。

折りしも創立70周年の節目を迎え、スズキはコストを度外視してもアルミのダブルクレードルやエンジンの再設計など自社ならではの方向性にこだわっていた。
そのダブルクレードルはアルミのメインパイプが45mm×40mmで肉厚は2.5mm、ダウンチューブも30mm×25mmで肉厚2.0mmと何とGSX-R750/1100と同レベルの超高剛性。
ステアリングヘッドはアルミ鋳造パーツだがスイングアームのピボット部分はアルミ鍛造のR750/1100仕様と同等に設定、スイングアームは74mm×40mmの同サイズとしていた。
フロントフォークは倒立タイプを採用、丸目2眼のヘッドライトも、スラントノーズのカウルへフィットさせるためシールドに収まるデザインで、ステンレス・マフラーを含め、歴代で最もレーシーな仕様となり、同時にSPモデルも加え最強マシンをアピールできたと開発スタッフも胸を張っていた。


ハンドル位置の低さから燃料タンクに覆い被さる前傾姿勢が強く、GSX-R400Rの過激度はライバルを1歩突き放すレベル。
ただタイミング的にレーサーレプリカのブームもユーザー側が追随するのに辟易するほどモデルチェンジのピッチが短かく、徐々に熱量が失われつつあった。
レース出場のベースモデルとなるSP仕様も、贅沢なサスペンション仕様など徹底するスズキらしく豪華バージョンが居並んでいたが、生産台数も増えることなく推移していた。


排気ガス規制でエンジン・スペックが変更になるなど、イヤーモデルを重ねていたが、依然としてGSX-R400RをSPバージョンを含め継続、5世代目のフレーム変更でニュートラルに狙い通りの旋回へ持ち込める鋭いハンドリングは、クラス最強のポテンシャルとの評価が揺らぐことはなかった。

とはいえ、SP モデルは1993年を最後に、ベースのGSX-R400Rも1995年モデルが最終型となり1998年まで継続生産されるレプリカとしては長めのモデルライフ。
多少の重量増があっても、剛性とロール運動でハンドリングが優位になると、他が見向きもしなかったアルミのダブルクレードル・フレームを採用するGSX-R400Rは、400レプリカの最後を飾るに相応しいスズキらしさを満載したマシンだった。



