フランスヤマハのチームカラーが全世界で人気に!

ヤマハファンならご存じ、フランスの煙草ブランドであるゴロワーズのブルーにペイントしたレーシングマシンやスポーツバイクたち。
その源流はワークスマシンのYZR500や耐久レーサーが、スポンサーであるGAULOISESのBlondesブルーとオレンジのピストライプをアレンジしたグラフィックだったところに端を発している。



モータースポーツにはその昔、フォーミュラ1カーなどでナショナルカラーが定められていた時代があり、フランスはブルーでいつの間にかフレンチブルーと象徴的に使われるようになっていた。
2輪レースでもフランスは1970年代から政府が後押しするほど熱量が高く、そうした背景からゴロワーズとの結びつきがスタートしていた。
当時のフランスは、ヤマハがポルシェなどを扱うソノート社が代理店で、そこで勤務するジャン・クロード・オリビエ(後にフランスヤマハ社長)がめっぽうモータースポーツ好き。
とくにオフロードにハマっていて、パリダカール・ラリーにヤマハを巻き込んだ張本人でもある。
そこにGAULOISESのBlondesブルーとオレンジのピストライプがあしらわれ、ソノートヤマハのマシンはGPマシンからオフロードレーサーまでこのカラーリングを纏うこととなったのだ。



以来、この熱き集団をイメージするカラーリングとして、ヤマハも各種カテゴリーや排気量で、ひとつのバリエーションとして世界中でラインナップに加える機種が続出した。
とくに1980年代には、ソノートヤマハのパトリック・ポンスをはじめ、クリスチャン・サロンといったライダーたちが、腰を大きく落として膝を摺るスタイルではなく、リーンウイズに近いフォームで深いバンクのまま駆け抜けるシーンが人気を呼び、日本ではRZからYZRにFZRまで、このゴロワーズカラーが用意されるほどだった。



その後も各世代にゴロワーズカラーは定着し、最近でもXSR900などレジェンドのクリスチャン・サロン選手を絡めたプロモーションを展開している。
実はGAULOISESのBlondesブルーとオレンジのピストライプ以前に、ゴロワーズの淡いブルーのパッケージでRZ350(輸出名RD350LC)がリリースされていたのも忘れられないひとつだ。


