2021年シーズン、MotoGP参戦4年目を迎えた中上貴晶が描いていたのは、チャンピオン争いだったに違いない。
しかし、思うような成績が残せないままシーズンは進み、後半戦はさらに厳しい戦いを強いられる。手にできない結果と焦りとの狭間で、中上はもがき続けていた。
そして今、苦しかった2021年シーズンを終えて中上は変わろうとしている。
未知への挑戦によって。
キャリアの中でも苦悩したシーズン後半戦
今回のインタビューで向かい合ったとき、中上貴晶(LCRホンダ・イデミツ)の表情がひときわ印象に残った。じつは今季の最終戦バレンシアGPを終えた後の囲み取材で、中上に「今季はどんなシーズンだったか」と質問をしている。囲み取材は時間が限られているために回答は短いものだった。けれど、中上は答えながらそれまでの苦悩を物語るように、ため息混じりの苦笑いさえ浮かべていたように記憶している。もちろん、バレンシアGPを転倒で終えたこともあっただろうし、今回のインタビューがバレンシアGPからひと月ほど経ったオフシーズン中だったこともあるだろう。ただ、それらを差し引いても、そこには何か違うものがあった。力強い意志が2022年に向けられているように感じられたのだ。
最終戦バレンシアGPからひと月。あらためて今季について聞いた
「望んでいた形のシーズンではありませんでした」
それが、今回のインタビューで2021年シーズンを振り返ったときの中上の第一声だった。2020年シーズンは優勝、表彰台獲得こそなかったものの、予選ではポールポジションを獲得し、決勝レースでも表彰台争いに加わるようになっていた。「自分がトップ集団にいることが自然に思えるようになってきていた」と言う。だからこそ中上自身も、2021年シーズンのスタートから意気込んでいたのだ。
しかし開幕戦カタールGPでは転倒リタイア、同地での連戦となった2戦目ドーハGPでは17位とノーポイントで終える。第4戦スペインGPでは自己ベストリザルトタイの4位フィニッシュを果たしたが、シーズン全体として見ればシングルフィニッシュはスペインGPを含む4度。チャンピオンシップのランキングは15位と、浮上できないまま終えた苦しいシーズンだった。
第4戦スペインGPの4位が今季の自己ベストリザルトとなった
予選は第9戦オランダGPの4番手が自己ベスト
中上が特に苦しんだのは、シーズンの終盤戦である。ロードレース世界選手権にフル参戦を開始して、通算12シーズンを戦い、今季の第13戦アラゴンGPでは日本人ライダーとして初となる通算200戦目を迎えた。そんなキャリアを持つ中上であっても、今季の厳しさはこれまでと異なるものだった。
「今季のシーズン後半戦については、レース人生でもあそこまで落ち込むことは今までなかったかな、と思うほどでした」
特に第14戦サンマリノGP以降は、予選や決勝レースでの転倒が続いた。さらに中上を何より悩ませたのは、転倒の原因がわからない、ということだった。
「シーズン終盤戦、最終戦バレンシアGPまでの4、5戦は歯車が合っていないな、とすごく感じていました。調子が良くて転倒する感触も一切なくレースを迎えたのに、決勝レースで転倒してしまったり。例えばアメリカズGPは週末通して速かったし、予選も2列目(5番グリッド)を獲得して、(決勝日午前中の)ウオームアップ・セッションでもトップタイムでした。2020年(の乗れているとき)に近かった。『このままいけば表彰台を獲得できる、やっといいレースができる、やっとここまできた』と思っても、レースで転んでしまったり……(※アメリカズGPはレース序盤に転倒して17位)」
「2020年は『この走り方をしたから転倒したんだ』というのがはっきりとわかっていたんです。それに、昨年の失敗から、気持ちを上げたり抑えたりするタイミングなど、学んだことがありました。昨年は勝ちたい欲が出てしまって気持ちが前にいきすぎて、自分をコントロールできずに転倒したりもしましたから」
「でも、今年はそういう感覚が一切なかったんですよ。気持ち的にも身体的にもすごく自然で、しっかりと地に足が着いていたんです。そういうことが自然とできていたのに転倒しちゃったから、余計に『なんで?』と。そのときは転倒の原因がまったくわからなかったので、昨年よりも落ち込みましたね。(調子の)アップダウンがある中で、いいときに成績を残せなかったのがすごく心残りでした。すごく悔しい、……、悔しさを超えていましたね。今思うと、レース人生の中でもここまでどん底に落ち込むことはなかったな、と思います」
「(シーズン終盤戦の転倒については)明らかにオーバースピードだったり、ブレーキの効力がまったく違っていたり、というような(転倒前との)違いをデータ上のグラフで見ることもできなかったんです。自分の感覚的にも『なんで今、転倒しちゃったんだろう』と。だからこそ、思い悩む時間はありましたね……」
気持ちの面でも走りの面でも転倒の理由がわからない。中上の苦悩は続いていた。いつもなら1日で気持ちを切り替えられるが、このときは2日以上かかることもあったという。今までとは違う自分自身を自覚しながら、どうすれば状況を打破できるかを考え続けていた。
アメリカズGPでは2列目5番グリッドからスタートするも、2周目で路面のバンプ(凹凸)に足をすくわれて転倒リタイア
己を見つめ直して見出した課題
そういう時間、渦中にいるときには見えづらいものもあるだろう。転倒の原因の一つに気が付いたのは、最終戦バレンシアGPを終えて数日後、スペインのヘレス・サーキットで行われた2022年に向けた2日間の公式テストを経て、日本に帰りオフシーズンを過ごしていたときだったという。
「(ヘレスのテストでは)今季のもやもやした気持ちを引きずることなく、気持ちをリセットしてバイクにまたがっていた自分がいたんです。そう思って今、シーズンを思い返すと、ちょっと不安を抱えながらバイクにまたがっていたんじゃないかな、というのは正直なところありましたね」
「MotoGPは1000分の1秒を争う本当に繊細な、限界ギリギリのところを操作して戦わなければいけません。そうしたちょっとした不安材料や不安な気持ちが、結局はリザルトやスピードに大きな影響を及ぼしていたんだな、と思いました」
特に昨今のMotoGPは、トップとのタイム差1秒以内に10人はおろか、15人以上のライダーがひしめきあうセッションも珍しくない。本当にごくごくわずかなタイムを削るために、ライダーたちは全ての力を注いでいるのだ。
「MotoGPは本当に厳しい世界です。MotoGPライダーはみんな、才能もスピードもあります。本当に差が少ない中での戦いなので、そういった部分の難しさもあらためて感じたし、そこはより重要なんだなということを感じることができました。今季はすごく厳しいシーズンでしたが、そんな中でも得たもの、学んだものはすごく大きかったと思っています」
もどかしいレースが続く中でも「常に全力で、あきらめずに戦った」と中上
とは言え、ホンダライダーとして見れば、苦戦を強いられていたのは中上ばかりではないのだ。確かに、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)は昨年負った右腕の怪我の影響を残しながらも3勝を挙げた。けれどホンダ全体として表彰台を獲得したのはそのM.マルケスの3勝と1度の2位、ポル・エスパルガロ(レプソル・ホンダ・チーム)の1度の2位にとどまり、コンストラクターズのランキングは4位だったのだ。中上の苦戦の背景には、彼が今季走らせていたホンダの2021年型バイクも、一つの要因としてあったのではないか、とも思えるのだが……。しかし、中上はそう考えてはいなかった。
「確かに、開幕前のテストからリヤのグリップ不足という問題は明確でした。でも、そう感じていたのは(チームメイトの)アレックス(・マルケス)やポルも同じで、みんなが考える問題が一つという意味では、まあいいかなと思っていたんです。ただ、そこだけフォーカスしてしまうと、いろいろなバランスがあるので、良かった部分が変わってしまったり。本当に数ミリ単位のバランス配分で、バイクのフィーリングが変わってしまうので」
「シーズンを通してホンダは全力を注いでくれて、バイクもどんどんアップデートされていきました。ただ、そこに整っていない自分がいたんですね。『バイクがそうなんでしょう』というようなことも言われましたが、自分としては、もし全部が悪いなら、全てのセッションが悪いはずだと思っていました。セッションでは上位にいても、決勝レースで転倒したりポジションを落としてしまったりしていましたから……、そういった部分でも、悔しい思いをしていましたね。本当はバイクにスピードがある、ということを、調子がいいところで証明したかった。(このバイクの)本当のスピードは決勝のリザルトが示すものではないんだ、ということを証明したかったんです。そこが焦りにもつながっていたのかもしれません」
「やるなら今しかない」、踏み出した新たな一歩
そんな2021年シーズンを経たからこそ、新たに取り組もうとしているものはあるのだろうか。その答えを聞いたとき、最初に中上と向き合って感じた印象の正体がわかった気がした。中上は2021年シーズンをいい意味で引きずることなく、自分の課題に向き合い、それを己の成長するための土台としていた。中上は確かに変わっていた。そして間違いなく、これからも変わろうとしている。
「今まではシーズンとテストを終えて日本に帰ってくるとトレーニングなどもお休みする休暇期間、オフシーズンに入るのですが、今年は『日本でしかできないことは何だろう』と前向きに考えたんです。今は、新たに日本のジムで最小限の力で最大限の力を発揮する身体の使い方などを学んでいます。筋肉の構造などを学びつつトレーニングしているんです。僕はMotoGPで4年間走っていて、今はもう(MotoGPを走るための)身体を作る、という段階ではないと思うんですね。レース中に疲れることもないですし。なので、自分が持っているポテンシャルをどう100パーセント引き出すか。無駄な力を使わず、必要な筋肉だけを使ってバイクを操るところを強化しています。やっていて、すごく面白いです」
「メンタル面ではメンタルトレーナーについて、いろいろとお話を進めている段階です。今までは『メンタルトレーナーって、どうなんだろう』と思ったりもしていたんです。自分のスポーツですし、自分の状況は自分にしかわからない。でも今年、シーズンを通して悩んだ時間がたくさんあったし、大事な4年目のシーズンで結果を残せなかったので、『このタイミングだな』と感じたんです」
「来季のことを考えたとき、今までやっていないことをやるべきタイミングが今だな、と。フィジカルのトレーナーもそうですし、メンタルトレーナーについても『やるんだったら、今しかない』と思いました」
「メンタルトレーナーについては、まだどうなるのかわかりません。ただ、今までしてこなかったことについて、アポイントを取ったり実際にトレーナーに会ったりしている、ということなんです。本当に大きな一歩を踏み出せた感覚がありますし、いい(相性の合う)メンタルトレーナーに出会えればいいなと思っているので、自分はすごく変わったな、と思うところはありますね。今まで否定していた部分について『やってみよう』と踏み出せた。そういう行動だけでも、『あ、自分は変わったんだな』と前向きに感じています。今はすごく楽しみですし、全てが新しい挑戦で、それがうまくレースの成績につながれば、という思いだけですね」
フィジカルトレーニング、そしてメンタル面の課題についても、新しい取り組みを始めた。明るい声で「今は、楽しいです」と笑う。誰よりも中上自身が、変わった自分、変わろうとしている自分を前向きに感じているに違いない。インタビューではこれまでにない取り組みを始めた中上が、手ごたえを感じていることが伝わってきた
ライバルはクアルタラロとバニャイア。2022年、チャンピオン争いを目指して
さらに、2022年シーズンのバイクに目を向けたい。上述のように、バレンシアGP後、11月18日、19日にヘレスでの公式テストの中で、中上は2022年型RC213Vを走らせている。その印象はどうだったのだろう。
「見た目から、今までのバイクとはがらりと違っていました。(走った)第一印象は、外観の『全然違うバイク』という印象とまったく一緒でしたね。『この4年間乗ってきたホンダのバイクじゃない!』って。違いすぎていて最初はやっぱり戸惑いましたけど、周回していろいろとテストして『このバイクはいいかもしれない……』と、ポテンシャルを感じました」
「単純に言えば、リヤのグリップは今季に比べて圧倒的に上がりました。それは僕を含めた3人のライダーが口をそろえて言っています(※M.マルケスは複視の症状によりテスト不参加)」
ホンダのリヤグリップ不足は2020年に端を発している。昨年、ミシュランが刷新したリヤタイヤとの適応がうまくいかなかったのだ。それが今季も尾を引いており、シャシーの変更などによって解決を試みていたと見られる。しかし、その課題が改善の方向に大きく進んだとなれば……。「期待感、ありますね」と聞けば「期待しかないですね!」と弾んだ声が返ってくる。己自身の新しいチャレンジと、バイクの進化。中上の手に、2022年シーズンを“戦う”カードはそろいつつあるのかもしれない。
中上はバレンシアGP後のヘレステストで2022年型RC213Vを走らせた。一見しただけでもウイングレットやエアインテークの形状などの違いが確認できる
そう、来季は中上にとって、MotoGPクラス参戦5年目になる。彼が争うのは、もはや一つ。最高峰クラスの頂だ。
「2022年シーズンは、ほとんどのライダーが移籍しません。ライダーたちは同じメーカーのバイクで走ることになるので、みんな準備は整っているはずです。そういう中で戦えるようにしないといけない、となると、テストで、新しいバイクでどれだけ土台を作れるか、だと思います。(2月のマレーシア、インドネシアで行われる)テストが本当に重要です。テストに向けて、このオフシーズンから目いっぱい走り込める準備をしていきます」
「今季圧倒的な強さでチャンピオンを獲ったファビオ(・クアルタラロ)はさらに強くなると思うし、ペッコ(フランセスコ・バニャイア)も飛躍的なシーズンを過ごして自信を深め、来季はさらに上げてくるはずです。2022年はこの二人がシーズンを引っ張っていくライダー、キーポイントになると思っています」
「この二人をライバルとして考えて、シーズン序盤から戦えるようにしたいと思っています。彼らを負かすことができれば、必然的にチャンピオン争いに加わっていきます。あの二人は、今から自分の中でライバル視しているんです」
「来季こそ、絶対にチャンピオン争いをしないといけない立場になっていると思います。自分にプレッシャーをかけて、しっかりと期待に応えたいと思っています」
2021年というシーズンは中上を変えた。大いなる決意とともに、2022年シーズンを戦っていくに違いない。
中上選手によるトークショー&サイン会を1月8日、9日に開催!
ライコランド東雲店&ライコランド小牧インター店にて、IXONが主催する中上選手のトークショー&サイン会が行われる!
参加無料のトークショーのほか、当日までにIXONブランド製品や中上選手応援グッズなどの対象商品を購入することで、写真撮影やサイン会にも参加することができる。
最高峰MotoGPクラスで戦う中上選手に日本で直接会うことができる貴重なチャンス、ぜひ参加してみてはいかがだろうか?
詳しい開催内容は、ライコランド公式WEBサイトから要チェック!
日時:【TOKYO BAY東雲店】2022年1月8日(土) 13時〜15時
【小牧インター店】2022年1月9日(日) 13時〜15時
場所:ライコランドTOKYO BAY東雲店
〒135-0062 東京都江東区東雲2丁目7-12
ライコランド小牧インター店
〒485-0016 愛知県小牧市間々原新田 下新池947