新型ブルターレ800RRに装備されたSCSを体感した。そこにはなんのデメリットもなく、快適性とスポーツ性が融合。ライディングの幅を広げてくれる、新しい世界があった。
車名にも示されている通り、新型ブルターレ800RR最大のトピックは「SCS(スマートクラッチシステム)」の採用にある。これは自動遠心クラッチのような機構で、スーパーカブのギヤチェンジをイメージしてもらうと分かりやすい。発進・加速・巡航・減速・停止のすべてにおいてクラッチレバーを握る必要はなく、左手はただハンドルに添えていればいい。
クイックシフターの精度がどれほど高くても、ストップ&ゴーの際には必ず左手の操作を要し、渋滞や極低速走行時は一定の握力と繊細な動きが求められる。SCSにはその煩わしさがなく、四輪のセミオートマチック車のように、然るべきタイミングでシフトペダルをアップダウンさせるだけで済む。
手順はごく簡単だ。エンジンを始動させ、発進の準備が整ったならシフトペダルを1速へ踏み込むだけ。この時ですらクラッチレバーに触れなくてよく、もしもカツンというショックが気になるようなら、通常のMT車のようにレバーを握れば軽減される。メーターディスプレイに「1」の表示が出れば、1速に送り込まれている証拠だ。そこからスロットルを軽く開けるとスルスルと車体は動き出し、特別なコツもスキルも必要ない。
街中を4速で走っていて、赤信号で止まったとする。なにもしなければ、ギヤは4速に入ったままだ。青信号になった時、そのままなら4速発進を強要することになるが、このSCSはちゃんとセーフティ機能が働く。過度な半クラッチを抑制するためにエンジン回転数が一定のところから上がらず、事実上2速以下でしか発進できないようになっているのだ。
SCS(スマートクラッチシステム)はアメリカのリクルス社と共同開発されたもので、重量増はたった36gしかない。非装備の車両と外観上の差はほとんどなく、クラッチカバーのロゴとパーキングブレーキの存在程度だ
マニュアル操作を選択することもできる
SCS装着車ならではのセーフティ機能はもうひとつある。1速に入れて平地で停車していると、四輪AT車のようにわずかに前に進む、いわゆるクリープ現象が起こる。だからといって完全につながっているわけでもないため、エンジンを停止し、ギヤを入れて駐車していても傾斜地では車体が動く可能性があるのだ。そういった転がり防止のために専用のパーキングブレーキを装備。これを作動させればリヤブレーキを踏んだ状態を維持できるというわけだ。
SCSのユニットは、リクルス社(アメリカ)のものがベースになっている。元々はガレ場や泥地で半クラッチを多用せざるを得ないオフロード競技で生まれ、利便性向上や疲労軽減を狙って実用化。その扱いやすさがオンロードの世界でも評価され、現在急速に広まっている。
ホンダのDCT(デュアルクラッチトランスミッション)やヤマハのYCC-S(ヤマハ電子制御シフト)のように、クラッチレバーを完全に取り除かなかったことにSCSのメリットがある。例えばUターンの時など、意図して半クラッチ状態を作り出したい場面では、MT車と同じように操作できるからだ。状況に応じて機械任せにするか、乗り手が積極的に介在するかを臨機応変に選べるところが秀逸で、シンプルな機構ゆえに重大なトラブルを招くリスクも少ない。
ユーロ5に対応する798ccの水冷4ストロークDOHC4バルブ3気筒エンジンをスチールトレリスフレームに搭載。140hp/12300rpmの最高出力と87Nm/10250rpmの最大トルクを発揮する。クラッチカバーの下方に見えるレバーはパーキングブレーキ用として装備されている
より緻密になり、スムーズになった電子制御
シート周りは極端にすっきりして見えるものの、ライディングポジション自体は大柄だ。上体は広がったハンドルに覆いかぶさるような姿勢になり、フロントタイヤへの重量配分が大きくなりやすい。意識しないとリヤタイヤの接地感が希薄になるため、特にブレーキング時はシート後方に体重を預けることを意識した方がいい。
おそらく開発陣も同様のことを認識していたのだと思う。なぜなら、今回のモデルチェンジでリヤショックのバネレートはソフト方向に変更され、トラクションを感じ取りやすいように見直されている。体重が軽かったり、小柄なライダーは減衰力の調整もすすめたい。
シート座面は前後方向に長く、見た目よりずっと自由度がある。最適なシッティングポイントが見つかった時の旋回性はスムーズで、ヘアピン状のコーナーでも高速コーナーでもニュートラルなハンドリングを披露。SCSは操作が単に楽になるだけでなく、ペースを上げてもライン取りに集中できるというメリットがある。
エンジンモードにはRACE/SPORT/RAIN/CUSTOMの4パターンがある。従来モデルの場合、パワーが2次曲線的に高まる傾向が強かったが、新型は最もアグレッシブなRACEでもリニアさが保たれ、回転数とパワーがきれいにリンク。トルクバンドも広がっている印象で、スロットルを開けやすい。
この扱いやすさは、一新された電子制御に因るところも大きい。2021年モデルから新たにe-Novia社(イタリア)のIMUが搭載され、従来から備えていたトラクションコントロールに加えて、コーナリングABSとFLC(フロントリフトコントロール)が機能。加減速Gや前後左右の車体姿勢変化、スロットル開度、ギヤポジションといった情報が制御に加わり、パワーデリバリーがより緻密になっている。
ハンドル右側のスイッチボックスにはエンジンのキルスイッチとスターターに加え、ローンチコントロールとクルーズコントロールのボタンも装備されている
メインスイッチとディスプレイの間には減衰力の調整が可能なステアリングダンパーを装備。フロント周りの挙動が安定し、特にコーナー後半から立ち上がりにかけてのライントレース性が向上している
フロントにはブレンボの4ピストンキャリパーがラジアルマウントされている。IMUと連動し、コーナリング中もブレーキ圧を制御。車体の安定性向上に寄与している
2013年にブルターレ800が登場して以来、最大にして最良のアップデートがもたらされたモデルが、このブルターレ800RR SCSだ。街乗りにおける安楽性とツーリング時の快適性、そしてサーキットで見せるスポーツ性が高いレベルでバランス。質感に関してもエントリーモデルのブルターレ800ROSSOとは明確に差があり、今後のMVアグスタを担う、主力モデルのひとつになっていくはずだ。
SPEC
- 総排気量
- 798cc
- ボア×ストローク
- 79×54.3mm
- 圧縮比
- 13.3対1
- 最高出力
- 103kW 140hp/12,300rpm
- 最大トルク
- 87Nm 8.87kgm/10,250rpm
- 変速機
- 6速
- フレーム
- スチールトレリス
- 車両重量
- 175kg
- サスペンション
- F=テレスコピックφ43mm倒立
R=片持ちスイングアーム+モノショック - ブレーキ
- F=φ320mmダブル R=φ220mm
- タイヤサイズ
- F=120/70ZR17 R=180/55ZR17
- 全長/全幅
- 2,045/875mm
- 軸間距離
- 1,400mm
- シート高
- 830mm
- 燃料タンク容量
- 16.5L
- 価格
- 253万円
ROSSOは198万円